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シャンパーニュ産スパークリングワインだけがシャンパーニュ
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テロワールと原産地統制名称

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シャンパーニュの名称

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シャンパーニュの名称認知への道のり

20世紀の初頭、ブドウネアブラムシ病と第一次世界大戦でブドウ栽培地は壊滅的被害を受けます。シャンパーニュ地方では、ブドウの木が植えなおされますが、大きな枠組みの中で保護するべき遺産があるという意識が人々の中に芽生えます。こうしてシャンパーニュのテロワールは、法律と体系化された慣習をもとに範囲が限定されます。その後、この数世紀にわたる道のりが実り、1936年、シャンパーニュは原産地統制名称として認知されることとなります。

団結と再編

19世紀末まで、ブドウ栽培地は現在よりもずっと広く、6万ヘクタール以上にも及びました。それをブドウネアブラムシ病が壊滅状態に追いやります。この大被害を受けて、ブドウ農家とブドウ畑を所有していたメゾンが協調し、1989年にシャンパーニュ地方ブドウ生産者協会(AVC)を立ち上げます。

ブドウ畑の新たな門出

シャンパーニュ地方ブドウ生産者協会の目的は以下の通りです。

  • ブドウネアブラムシ病の根絶
  • ブドウ栽培地再興の支援
  • 研究と実験の実施
  • ブドウ栽培者に新しい栽培法についての研修を実施

シャンパーニュ地方ブドウ生産者協会は、すぐに唯一の対処法は病んだ木を伐採し、接ぎ木をした新しい木を植樹することだと覚ります。そして、このことがシャンパーニュ地方の人々に進歩のきっかけを与えます。密植したブドウ畑は、パリサージュ(固定)をしたブドウ畑に姿を変えます。これで木の密度が1ヘクタール当たり4万本から約8千本に減少しました。剪定方法にも新しい技術が取り入れられ、パリサージュ、ロニャージュをはじめとする新技術が導入されました。
そして優れたテロワールだけを選んで植樹を行いました。その結果、1919年には、ブドウ栽培面積は1万2千ヘクタールにまで減少します。

境界線の設定

シャンパーニュメゾンが最初に起こした訴訟により、シャンパーニュという名称の使用は、シャンパーニュのブドウ生産地域で収穫されかつ製造されたワインに限定されました。しかし、シャンパーニュ地方というのがどの地域に当たり、境界線がどこにあるのかを明確にする必要がありました。特に、当時は悪質な醸造業者が、他の産地のワインをシャンパーニュ地方に持ち込んできていたのです。

こうした不正行為を防止するために、1904年に組合連合として組織されたブドウ栽培者らは、ブドウ栽培とワイン生産地域としてのシャンパーニュに境界線を設けるよう要求します。

1927年7月22日法では、これを受けて、ブドウ栽培とワイン生産地域としてのシャンパーニュを地域として限定しました。名称使用の基準は、その土地でのブドウ栽培歴でした。

栽培歴の基準は、法律公布時に植樹されているか、または、ブドウネアブラムシ病被害の前にブドウ畑であったかのどちらかでした。境界線を引くにあたり、シャンパーニュの名称にふさわしいパーセル(区画)のリストを作成するよう、各市町村が依頼を受けました。

関係各県の参加する委員会で、そうしたリストをもとに判断が下されました。こうした選定方法を採用したことで、全体合意が得られたことは評価できますが、その後その弱点も明らかになります。

品質についての規則

品質について定めた最初の規則は1927年の法律によるものでした。この法律では、使用できるブドウ品種をシャンパーニュ地方にかつてからある品種に限定します(ピノ・ノワール、ムニエ、シャルドネ、ピノ・ブラン、ピノ・グリ、アルバンヌ、プティ・メリエ)。

しかし、品質を求める本当の戦いは、1931年から35年にかけて、生産過剰と販売不振による危機でブドウ価格が暴落したあとに激しさを増します。シャンパーニュ地方の人々は、自ら要請をし、1935年9月3日の特別政令にこぎつけ、品質に関する次のような規則を追加します。

  • 単位面積当たりの収穫量 
  • 最低アルコール度数 
  • 圧搾で得る搾汁量
  • 熟成期間

そして規則順守を監視するシャロン委員会を設けます。他のワイン産地でも同じ危機にあえいでいたため、フランスブドウ生産者協会は、政府に対して、一部の名称に基準を定め、それを普及させ、生産を監視して不正を厳しく取り締まるための支援を要請しました。

原産地統制名称(AOC)

こうして生まれたのが原産地統制名称です。

1935年7月30日、原産地統制名称(AOC)の概念が生まれ、それまでの原産地品質研究所は、国立原産地名称研(INAO)と名前を変えました。

1936年6月29日、シャンパーニュは原産地統制名称(AOC)に。

1919年、1927年と1935年の法律や政令など、シャンパーニュの人々が自ら課した規則はすべて承認されました。

2007年、国立原産地名称研究所(INAO)の改革を受けて、現在シャンパーニュの原産地統制名称は、2010年11月22日制定の名称仕様書により管理されています。